第64回青少年読書感想文全国コンクール入賞作品

松江市立義務教育学校八束学園6年 門脇由果 さん 「クニマスは生きていた」

 「クニマスは、生きていた!」この題名は、絶滅した生き物が生きていた喜びを表現しているのではなく、何か大きな課題を投げかけていると、私は感じる。
 クニマスは、世界で田沢湖にしかいなかったサケの仲間だ。三浦久兵衛さんの住む地元では、生活を支える食料であり、収入源でもあった。しかし、久兵衛さんにとってクニマスは、それだけではなく、小さい頃から共に生きてきた「自然」そのものだったのではないだろうか。「おれが、跡を継いでいくんだ。このホリを守っていくんだ。」と久兵衛さんが思ったのは、今の自分と変わらない十三歳の時だった。この歳でそんな思いをもっていた久兵衛さんを、私は尊敬するし別世界の人のようだとも思う。そんな風に周りの自然と関わった事も、考えた事も、私には経験がないからだ。なぜ久兵衛さんは、クニマスを探し続けるのか、何がそこまで彼を突き動かしているのか、ずっと考えていた。


クニマス
 考えているうちに、私はふと、地域にある「溶岩トンネル」を思い出した。火山の爆発で大根島が形作られたときにできた洞くつだ。私もその中に入ったことがある。暗く、ひんやりとした空気に、私達を寄せ付けない「何か」を感じずにはいられなかった。私は、水たまりの中に小さなエビの仲間「キョウトメクラヨコエビ」という生物を発見してすごく驚いた。ずいぶん昔から、姿を変えずに生き続けているらしい。私は、人間の目の届かない真っ暗な世界の中で、ひっそりと命をつないで生きてきた小さな生物を、とても神秘的だと思ったし、触れてはいけないと思った。このときの思い出が、田沢湖から遠く離れた西湖でクニマスが生きていたことと重なった。たくさんの人々がクニマスを探したが見つからなかった。けれど、自然が隠していたわけではない。人間の考えなど、自然は何も知らない。人間に見つかっても見つからなくても、クニマスも小さな生物も、環境さえ変わらなければ生き続けるだろう。幻のクニマスが、実はクロマスとして、ふつうに食べられていた話から、自然の強さと壮大さを感じた。
 「畏怖の念」という言葉に目が留まった。まさに、小さな生物に触れてはいけないと思ったあのときの気持ちだろう。人間も動物も自然も「命をつないでいくもの」という点では同じだ。しかし人間は、自分達の勝手な都合で、立ち入ってはいけない、尊重すべき領域に入ってしまっている。私は今、気づいた。久兵衛さんがクニマスを探し続けていた理由は、自然から「チャンス」をもらうためではなかっただろうか。恩恵に感謝し、クニマスが住める田沢湖にもどすことで、もう一度共に生きることに挑戦したかったのだろう。
 「クニマスは逆境に負けず生きていた。次は、人間の番。」と題名が語りかけてくる。私の手元には、たくさんの資料がある。この本をきっかけに調べた絶滅危惧種の資料だ。まずは、メダカのすみかを探してみようと思う。

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